あっぱれなシェフ
1泊2日の検査入院から退院してきた夫が、「今日のお昼はおいしいものが食べたい」というので、ネット上で見つけて以前から気になっていた、パスタとイタリア料理のお店に行くことにしました。
普通のおうちの一階がレストランで、店内にはテーブル席が5つという、こじんまりとしたお店です。
たぶん、まだ年若いであろうシェフがお一人で切り盛りしていらっしゃいました。
11時半の開店後、予約席を除いてすぐにテーブル席はお客さんで埋まりました。
ほとんど走るように店内を慌ただしく動くシェフを見て、居合わせたお客さんたちが(お一人で大丈夫だろうか・・・)と感じているのが伝わってきました。
ですから、カトラリーセットがテーブルに置いていなかったお客さんは、キッチンカウンターへ自分で取りに行きましたし、テーブルに日が差してまぶしかったお客さんは、自分でブラインドを下ろそうとなさり、うまくいかずに、ほんとうにすまなそうにシェフを呼んでいらっしゃいました。
見るからに忙しそうなシェフは、そのたびに「申しわけありません」と丁寧にお詫びを述べられていました。
その後も次々とお客さんが来店され、シェフは大変申し分けなさそうに断りをおっしゃっていました。
中には「何時ごろだったら予約できるのか」と訊く人もいらしたのですが、シェフは「そんなこと、お客さんの前では言えませんから。」と言って、お客さんを促して店の外へ出て話していらっしゃいました。
そんな状況ですから、料理が出てくるまでに時間がかかることも覚悟していたのですが、シェフは狭い厨房の中をくるくると動き、2本の手が作業をしているとは思えないほど手際がよいのです。
驚いたのは、食材を出して空になった容器をまるでフリスビーのように投げて、見事ごみ箱に入れたことです。しかも目は手元の作業に集中したままなのです。
さらに、料理の注文内容はそれぞればらばらだったのですが、ほぼ同時に仕上げて出してくださるし、お冷が減っていれば、こちらが頼まなくても注ぎにきてくださるのです。
しかも、お料理は独創的でとてもおいしく、こんな辺鄙(失礼ですが)な処で営業されているにもかかわらず、お客さんが絶えないわけがわかったような気がしました。
ちょうど最後のコーヒーをいただいているとき、また新しいお客さんが入ってこられ、シェフは断りを述べていらっしゃいました。
夫と目配せをし合い、「もう出ますから、こちらにどうぞ。」と言ったのとほぼ同じくして、ほかのテーブルのカップルも同じことをおっしゃいました。
シェフは大層気の毒がられて、「それでは、3,000円いただきます。」とおっしゃったのです。
私たちがいただいたランチは2人分で3,600円でした。
シェフは「お料理だけの値段ではないですから。」と、ゆっくりお食事をしてもらえなかったから申し訳ないとおっしゃるのです。でも、こちらは最後までお料理をいただいたのですし、大層満足したわけですから、その対価をお支払いしないわけにはいきません。
用事があって、もう出るつもりだったし、お料理も大変おいしかったから払わせてくださいとお願いして、私は正規の料金をカウンターに置きました。
恐縮して店の外まで出て頭を下げるシェフに見送られ、あのシェフは商売人ではなく、職人さんだったと、夫と二人、感動したのでした。
そして、これは私たちの思い過ごしかもしれませんが、シェフからはうちのりくに通じるものがあることを感じたのでした。
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